対談

大山 尚貢 Naotsugu Oyama
メディカル本部 執行役員本部長
医師・医学博士・経営学修士
循環器内科医として約8年間、大学病院や一般病院で勤務。医学博士取得後、Harvard Medical SchoolにPost-doctoral fellowとして勤務。その後、製薬企業での勤務を開始。転職後グロービス経営大学院にてMBA(経営学修士)取得。ノバルティス ファーマでは、メディカル部門のトップとして、臨床医やノバルティスのグローバルとコミュニケーションを取る一方、マネジメントにも力を入れています。
北川 洋 Hiroshi Kitagawa
開発本部 開発統括部 血液腫瘍臨床開発部 部長
医師・医学博士・公衆衛生学修士
大学院では病理学を専攻、医学博士取得後、呼吸器内科医として約8年間、一般病院、大学病院で勤務。Harvard School of Public Health に留学し公衆衛生学修士を取得後、NCI(米国国立がん研究所)及びJohns Hopkins大学にてPost-doctoral fellowとして勤務。その後、製薬企業の開発部門で勤務を開始。ノバルティス ファーマでも引き続き開発部門において、革新的な治療を1日でも早く臨床現場に受け入れられる形で患者さんに届けたいと情熱を燃やしています。
幅広い分野において、サイエンスをベースにしながら治療体系の進歩に携わる
--製薬企業に勤務する医師として、どのような仕事を担当していますか? また、その仕事のやりがい、魅力について教えてください。
大山 私はもともと循環器内科医で、製薬企業で働くようになってから、安全性の部門や開発部門も経験しました。現在はメディカルアフェアーズ部門において医薬品が新たに承認を受けた後に、その新薬の医療的価値を最大化するための仕事に取り組んでいます。
営業部門とは一線を画したメディカルアフェアーズと呼ばれる分野は、治験段階では検討ができなかったあるいは検討が不十分であった有効性や安全性について、市販後に科学的な根拠のあるデータを積み重ね、適正使用のための条件を探っていく役割を担っています。
具体的には、疾患知識の啓発や、医師主導の臨床試験をサポートするため、現場の臨床医の先生方とディスカッションしながら患者さんのために新薬が適切な形で現場において貢献できること、またその付加価値を模索すべく仕事を進めています。循環器/代謝・眼科・呼吸器・中枢神経・移植/皮膚/免疫・がん領域などノバルティス ファーマで扱っているあらゆる領域の医薬品が対象です。循環器内科医として研鑽を積むことはその領域のエキスパートになることを意味しますが、企業で勤務することはこうした幅広い領域のことを知ることができるので、視野が広がる楽しさも感じているところです。
北川 私は呼吸器内科の出身で、肺がんの診療および研究経験から、製薬企業においてオンコロジー領域の臨床開発の仕事に取り組むこととしました。オンコロジー領域では、サイエンスの進歩するスピードが速く、その新たな知見を臨床応用していく過程で、アカデミア・規制当局・他の企業など様々なステークホルダーと比較的スピード感をもって協働する必要があります。例えば血液腫瘍に対する再生医療の領域では治験そのものも手探りで進めなければいけない状況です。しかし、新たな薬・治療法を臨床に届けるためにそのダイナミズム自体がとても刺激的で、自分自身の成長にも繋がっている点をとても意義のあるものと感じています。
大山 北川さんはまさに最先端のサイエンスに関わっていますね。世界最先端のサイエンスに触れることができるのは、製薬企業に勤務する医師の感じることのできる魅力の一つでしょう。
北川 それはとても大きいですね。そして、触れるだけでなく、それを患者さんに届けるための仕事をしているのだという確かな実感があります。大山さんも私もトランスレーショナルリサーチに取り組みたいという想いから、製薬企業で働くことを選択したわけですが、自身の臨床・研究経験を活かしながら、その当初の想いを開発の仕事を通してそのまま実現できている。これは本当にやりがいを感じる部分です。
臨床経験と協働、そして患者さんへの想い
--ノバルティス ファーマでは、どのような医師が求められているのですか?
北川 臨床経験は必須だと考えています。ノバルティス ファーマには、さまざまな得意分野を持った人たちが集まっています。 統計家、薬事の専門家、薬剤そのものの専門家もいる。そんな中で医師資格を持つ人間の強みは、患者さんと共に病気と闘った経験があるということです。私自身、臨床医時代には進行した肺がんの患者さんを診療しました。厳しい予後が予想される中でも、患者さんと信頼関係を構築しなければなりません。しかし、そうやって親しくなった患者さんを救えなかったという厳しい現実を味わうことも多い。新たな薬剤や治療法が望まれていることを肌身に感じると共に、薬剤や治療方法そのものだけでなく、それが必要となった患者さんやご家族の人生、それが利用される臨床の現場、そうした文脈を理解しているからこそ、1日でも早く患者さんのもとに新しい薬を届けたいと言う気持ちになるわけです。こうした想いや臨床現場での実際をプロジェクトの仲間に伝えていくことが、製薬企業で働く医師に求められるところであると考えています。
大山 ひとつ強調しておきたいのは、製薬企業においてはチームで仕事をするという意識を持つことが大切だということ。ノバルティスでは、そうした意識を持っている医師が求められています。
北川 ふつうの病院・クリニックでもチーム医療は実践されていますが、医師はその中で治療方針の決定者として関わります。ところが、製薬企業では必ずしもそうではなく、重要な位置づけにはあるものの、プロジェクトにおいてはあくまでチームの一員としての関わりになりますからね。
大山 そうなんですよ。私の仕事に対する意識が大きく変わるキッカケになった出来事があります。私は自信満々で製薬業界に飛び込んだのですが、最初は挫折の連続でした。当初、チームの一員という意識よりも常に「チームをリードする立場」でいようと努力していましたが。それが反対に同僚からはネガティブな評価を受けていたのです。当時受けた360度フィードバック(上司・同僚・部下など様々な角度から受けるフィードバック)のうちネガティブな指摘のほとんどがそのことでした。それを知らされた時は、結構、ショックでした。
北川 臨床医はそもそも360度フィードバックのような形で同僚から評価を受けることがありませんからね。
大山 もうひとつ別の観点でいえば、ノバルティスのような外資系製薬企業ですと、海外のプロジェクトチームメンバーと共に勤務することが必須であることから、英語力も重要となってきます。経験と知識を生かすためには、きちんと英語でディスカッションできる能力は必要です。
北川 大山さんはスイス・バーゼルのノバルティス ファーマ本社で勤務されていましたが、日本の医師のバックグラウンドを持つということはそちらではどのように扱われるのですか。

大山 ノバルティスでは、日本のマーケットの存在感は意外に大きいこともあり、日本の医療システムや実臨床についてなどこちらの発言はとても尊重してくれます。面白いと感じたのは、スイス・バーゼルで10人程度のプロジェクトに参加した時、英語を母国語とする人が1人もいなかったこと。多様な背景を持つ人たちが集まっていて、仕事の道具としてみんな英語を使っていました。道具として英語が使いこなせれば、それでよいわけです。
病院や研究室とは異なる、企業で働くという選択肢
--ノバルティス ファーマにおける医師の活躍フィールドや働き方について教えてください。
北川 ノバルティス ファーマに勤務する医師は、幅広い分野で活躍できると思います。大きく分けると私がいる「開発」、大山さんが取り組んでいる「メディカルアフェアーズ」、それから「安全性」に関わる部門があります。その他、スイスや米国のノバルティスでは、薬事や人事、ビジネス側でも医師は活躍しているようです。
大山 ノバルティス ファーマでは、医師から入職した人でもマネジメントの分野で活躍している人が多くいます。私も北川さんも、部下の育成や組織という枠組みでの業務に関わることも役割の一つです。個人的なことを言えば、私自身はビジネスをもっと深く知りたいという想いがあります。臨床医であった頃の気持ちや経験を製薬企業の中でどのように活かしていくのか。病院や研究室とは異なりますが、医師だからこそビジネスに活かせる力があるとチャレンジしています。ノバルティスにおいては、医師だからといってキャリアパスのあり方に制限はないので、あらゆる可能性が開かれているということです。
北川 もちろんスペシャリストとして専門性を深めていくことも可能です。視野を広げてもいいし、深めることもできる。製薬企業で勤務する医師には自分次第で広げられる多様なキャリアパスの可能性があり、成長のチャンスがたくさん転がっています。また、会社の中だけではなく、企業での勤務経験を経て、その経験を新薬開発・臨床試験という観点から活かすべくアカデミアに戻られる方もいらっしゃいます。
大山 もう一つ製薬企業で働くことの病院勤務との違いについていえば、製薬企業では時間をマネジメントできる裁量が大きいと思います。もちろん、企業に勤務していても治験に参加されている患者さんへの対応が必要なケースはあるかとは思いますが、自らが病院に勤務していた時代のように入院患者さんの容態の急変に対応するようなことはありませんから。ただし、多くの患者さんが服用されるといった観点から一つの薬剤の持つ影響は広く大きいこと、またビジネスとしての存続性という観点は今後の薬剤開発ができるかどうかにも関わってくる部分でもあり、プレッシャーは大きいので、どちらが楽だとか大変だとかということではありませんが。
北川 時間がマネジメントしやすいという意味では、女性医師のキャリアの選択肢として企業で勤務することがもっと注目されてよいと感じます。現在では状況は変わってきているとは聞いていますが、病院で勤務していた頃、出産を契機に家庭にそのまま入られたり、働き方を大きく変更されたりした女性医師の方を何人か見かけました。そうした点では、医師に限った話ではありませんが、私の所属する開発部門全体でいえば約半数が女性社員ですし、ご出産も含めてバランスよく働きながら、そのままキャリアを築かれる人もたくさんいます。日本でも増えつつありますが、スイスや米国では女性のリーダーがとても多いと感じます。
大山 ノバルティス ファーマには、“ダイバーシティ&インクルージョン”と称して性別だけではなく多様な背景・志向・キャリアを持った人たちを受け入れ、共に働くことのできる文化があります。日本においては医師が企業で勤務することに対して抵抗感をもたれていると感じることもありますが、我々は自分達の過去・現在・将来に対してそれぞれの想いを抱き、楽しくやりがいを感じながら働いています。病院や研究室で働かれている医師の皆さんも、今後のキャリア形成の一つの選択肢として、製薬企業で勤務することを考慮してみてもよいのではないかなと思います。