身体が痛めば心も痛む


木下さんが専門とする「緩和医療科」では、入院治療中の患者さんへの緩和ケアの提供と、緩和医療科外来、緩和ケア病棟での入院治療――という3通りの診療を行っている。緩和医療科外来に通う患者さんのうち、「積極的な治療が望めない人は8割ほどで、残りの2割は抗がん剤治療などを継続している人」。一方、緩和ケア病棟は、抗がん剤治療を行っていないことが基本だが、「最期の看取りの場所」ではなく、「在宅での療養を支えるため」の入院治療の場と言う。
「『緩和ケア病棟に入ったら、もう家には帰れない』と思われる患者さんは多いのですが、いつも、『落ち着いたら帰れますよ』と伝えています」
緩和医療科外来にしても、緩和ケア病棟にしても、"つらいときに頼れる場所"と言えるかもしれない。

いずれの診療も、主治医から緩和医療科を紹介されるケースがほとんどだが、患者さん自身がつらさを訴えて受診する場合もある。なかには、他の病院で抗がん剤治療を受けながら、木下さんのもとに通っている患者さんもいるという。
受診の直接的な原因として多いのは身体的な痛みだが、いざ、話を聞いてみると、他のさまざまな要因が絡み合っていることは多い。たとえば、心の問題が身体に影響を与えることもあれば、逆に、身体の問題が心に影響を与えることも。また、身体的な痛みがあっても、何かで気を紛らわせている間は忘れることができたり、あるいは、痛み止めの薬を処方しなくても、抗がん剤が効いているという実感があれば、痛みも和らいで感じたり…。
心と身体はつながっているだけに、「これは身体の問題」「これは心の問題」と切り分けることはできない。だからこそ、「一番大事にしているのは、全体をみるということ」と、木下さんは話す。

「身体だけではなく、心もみますし、家族の問題や経済的な問題など社会的な面も、『生きる意味』などのスピリチュアルな面もみます。"今"だけではなく、病気の経過のなかでどんな位置にいるのか、ということも考えます。痛みを100%取り除けるとは限りませんが、包括的にみた上で、今の状態でめざすことのできるゴールについて患者さんと一緒に話し合います」

「痛み」と一言でいっても、身体も心も家族のことも経済面もスピリチュアルなことも「全体で捉える」ため、初回の診療は一時間ほどかけて話を聞く。木下さんはいつも「初回全力投球」だ。

身体が痛めば心も痛む

 出典:緩和ケアを知っていますか (発行:公益財団法人 がん研究振興財団)