2

2

おかあがくると、身体の調子が良くなるよ。

58歳 女性 《患者さんから 患者さんのご家族へ》

背景 息子は進行がん(肺がん)でしたが、いつも笑顔で弱音をはかず、宮崎での初回治療をのりきり念願の東京へ凱旋しました。しかし数ヶ月もたたず、再び東京での治療となりました。たまに様子を見に行く私を気遣い、母の日の花のプレゼントに、そんな言葉が添えてありました。とても優しく、強い子でした。身体はつらかったに違いありません。心配かけまいと私に笑顔を見せながら、自分をも奮い立たせていたのでしょう。


あと10年は生きなきゃね

44歳 女性 《患者さんから 患者さんのご家族へ》

背景 昨年の春、私が鍼灸専門学校へ入学したのと同時期に、実母が肺癌であることがわかりました。病と闘う人とともに携わりたいとこの道を選びましたが、こんなに身近に現れるとは…。私が一人前になるには、何年位かかるのかという母の問いに、少なくとも10年と答えました。すると、「それじゃ、あと10年は生きなきゃね」と母は言って、逆に私を励ましてくれたのです。お母さん、ありがとう。大丈夫、一緒に頑張ろうね。


「毎日来て検査の辛い愚痴を聞いてほしい」

62歳 女性 《患者さんから 患者さんのご家族へ》

背景 毎日病院に通う私は疲れから、ちょっとしたことで夫と口げんかに。そんな時私が「もう毎日来ないから」と言ってしまった時、夫が弱弱しくつぶやいたのが胸を締め付けられるようで、私が頑張らなくちゃ!と心を新たにした瞬間だった。


ありがとう。命あるかぎり生きますので、よろしくお願いします。

60歳 女性 《患者さんから 患者さんのご家族へ》

背景 夫のガンが次第に増大していく中、夫は61歳の誕生日を病院で迎えました。誕生日の朝、私が夫にHappyBirthdayとメールを送ると夫から次のような返信がありました。「ありがとう。命あるかぎり生きますので、よろしくお願いします」私は夫のこの言葉に励まされ私も精一杯寄り添って行きたいと思いました。夫はその誕生日の1ヶ月半後に旅立ちました。


そう簡単には死にはせんよだって私の体にはいい細胞も沢山おるんよ

34歳 女性 《患者さんから 患者さんのご家族へ》

背景 乳がんから1年で骨転移した母最初はショックを受けていたけど、どんどん強くなっていきました。その後、肝臓、肺へと転移したけど、3年間本当にがんばりました。「おかん殿、本当にそう簡単に死なんかったね!えらいね!」って天国の母に伝えたい。病気の母に勇気と元気をもらいました。


「がんばりよ」と握手をしてくれた父。これが私と父の最後の交わした言葉になりました。

32歳 女性 《患者さんから 患者さんのご家族へ》

背景 父が亡くなる2日前、すでにせん妄のためにまともに会話ができない状態の中、ふと私の顔を見てこの言葉とともに手を差し出してくれました。私は父と最後の握手をしながら、「頑張るね」と返しました。父はがんの診断からたった10か月でこの世を去りましたが、その間に私は看護師になり、10年たった今でも、この言葉と父の姿が私の心に残っています。最期まで生き抜いた父との約束を胸に、日々がん患者さんのもとへと足を運んでいます。


何もしてあげられなくてごめん。こちらは大丈夫だから子供みてあげて。

38歳 女性 《患者さんから 患者さんのご家族へ》

背景 父が抗がん剤治療で入院中に、私の子供がインフルエンザになって、『暫く、病院に行けないよ』とメールしたら、父から来た返信メール。自分の体がキツくても子供への心配をしてくれてる父に感謝。



Source URL: https://www.novartis.com/jp-ja/when-mother-comes

List of links present in page