全国からの1万件の相談

全国からの1万件の相談

 全国からの1万件の相談


「今かかっている病院よりも、もっといい病院があるのでは?」
「子どもに病気のことをどう説明すべきか。『死ぬの?』と聞かれたらどうしよう」
「医師から『治療をせずにいい時間を過ごしては』、と言われた。見放されたのか、治療をしない選択がこの子にとって良いのか」
「子どもを亡くした、この底なし沼のような悲しみからどうやって抜け出せるのか…」

全国からの1万件の相談

がんの子どもを守る会には、電話相談、対面での個別相談など、年間1万件もの相談が寄せられる。ソーシャルワーカーが東京事務所に6人、大阪事務所に1人常駐して対応するほか、週末には全国21ヵ所ある支部会での相談会に参加することもある。

同会のソーシャルワーカーの一人である樋口明子さんは、大学の卒業研究のために話を聞きに来たのをきっかけに、「目の前にいる人ときちんと対峙して、必要なものを一緒に考えていける現場だな」と思い、15年前に入職した。

切実な悩みを抱えた親たちからは、時に厳しい言葉を浴びることもある。
「『子どももいないあなたに何がわかるの?』『小児がんの子の親ではないあなたにはわからない。』そう言われることもやはりあります。でも、たとえ私が小児がんの子の親だったとしても、目の前にいる方のことを完璧にわかることは絶対ありえません。“わからないのが当然”というなかで、いかに対話していくのかを考えるようにしています。」

たとえば、冒頭の「『死ぬの?』と聞かれたら…」という質問。
「もしも自分が親の立場だったら平常心ではいられないかもしれません。でも、聞かれたらどうしようと親が心配していると、多分、子どもは何も言えなくなってしまうと思うのです。ですから、『何でも親御さんに言える方が本人は楽かもしれませんよ。』とお話しています。親が必ず先頭に立っていなければならないわけではない。子どもと同じように初めての経験なのだから、一緒に成長していけばいい。そして『どう答えるか』より、『その子がなぜ、そう口にしたのかということに耳を傾ける方が』大事なんじゃないかな、と。どんなに小さな子でもその子なりにちゃんと答えを見つける力を持っていると思うんです。だから、『お子さんの力をもっと信じてあげましょうよ』とよくお話ししています。」

子どもが親に対して必ずしも答えを期待しているわけではないのと同じように、ソーシャルワーカーも答えを提示するわけではない。相手に寄り添い、一緒に考え、その人自身の答えを導き出す手助けをするのが役目だ。

不安を聞いてもらえる場所

不安を聞いてもらえる場所


相手のことを完璧にわからなくてもいいし、答えを出さなくてもいい、今その人の有り様を受け容れること、対峙することが役割。そう実感できた原点が、樋口さんにはある。それは、ソーシャルワーカーとして働き始めて1ヶ月目、初めて一対一で対応した、あるお父さんとの会話だ。

樋口さんが一人で事務所にいたときに飛び込みで相談に来た、その男性は病気のことをよく調べていて、知識は当時の樋口さんよりはるかに上だった。しかし「何もわからなくて不安」「今の病院が適切なのか…」「父親として、この子に何ができるのだろうか」と、たくさんの不安を抱えて仕事の合間にやってきたという。

「今思えば言ってはいけないことだったかもしれませんが、『申し訳ありません。私はまだ入職したばかりの新人で、きちんとお答えすることができないかもしれないので、必ず上司と相談してご返事します』と正直に言ったんです。そうしたら、その方は、『情報は調べれば幾らでもあります。話を聞いていただく場がなかったので、こうやって話を聞いてくださるだけで十分です。それがしたかったのですから』とおっしゃいました。その言葉を聞いて、気負いが取れたというか、『間違っていなかったんだ』と実感できたのです」

社会に出られない1割の子

社会に出られない1割の子


がんの子どもを守る会に寄せられる相談は、以前は「治療中」「治療終了後」「お子さんを亡くした方」がちょうど3分の1ずつという内訳だった。ところが最近では、治療終了後の相談が増えている。

「誤解をまねく言い方かもしれませんが、ご家族にとって治療中はある意味恵まれているんです。同じ病気のお子さんを持つ親が身近にいますし、看護師さんや先生にもすぐに相談できます。ところが、いざ退院すると、病気のことを何も知らない人たちの輪の中に入って生活しなければなりません。たとえば、復学すると、学校の先生も小児がんのお子さんを生徒に持つのが初めてで心配しすぎたり、逆に『えこひいきになるので、他の生徒と同じようにするしかできません』と頑なな態度を取られたり。一からというよりゼロから説明してもわかってもらえないかもしれない相手とコミュニケーションを取っていかなければならないわけです」

また、晩期合併症という問題もある。
「治療成績が向上するにつれて、命は救われたけれど、晩期合併症による生活のしづらさを抱えながら暮らしている方もいます。気圧の変化で倦怠感を生じたり、体温調節が利かなかったり、体調が悪いにもかかわらず傍から見ればサボっているようにしか見えないということも。薬を飲み続けなければいけないのに身体障害者手帳の給付を受ける枠に入りませんから、経済的な負担も少なくありません」

一方で、身体的には問題なくても、入院生活が長く、学校生活をほとんど経験していないために、社会性が身につきにくく、コミュニケーションが不得意で社会になじめない、という小児がん経験者もいるという。
「幼少期に小児がんに罹患した子が皆、そうなるわけではありません。むしろごく少数派なのですが、どうしても社会に一歩踏み出せないという子たちがいます。仕方のないことですが、痛いこと、辛いこと、悲しいこと、寂しいことをさせないように周りの大人たちが先回りしてしまうので、お子さん自身が『してくれて当たり前。言わないでもわかってくれる、気遣ってくれる』という状態に慣れてしまうんですよね。そうすると、ちょっとしたことで傷つきやすかったり、怒られることに慣れていなかったり、自分で物事を決めることが不得意になったりと、社会に出ることが億劫になってしまうのです」

社会に出られない1割の子

 がんの子どもを守る会では、「自立・自律」をキーワードの一つとして支援を行っている。そのなかで大切にしているのは、「自分自身の言葉で考える力をつけていく」こと。日記をつけたり、今日の自分の点数をつけたり、今日あった良いことを毎日書いたりしながら、自分のことを自分で考える習慣を身につけてもらっている。

厳しい言葉をかけることも役割の一つ

厳しい言葉をかけることも役割の一つ


「『小児がん経験者だからといって、一般の方となんら変わりなく働くことができるので偏見は持たないでください』とお伝えしたい一方で、『晩期合併症を抱えながらも、社会に出て貢献したいと、もがいている人もいるので、門戸を開いて、まずは話を聞いてください』ともお伝えしたい。自立支援といっても、その二つの考え方があるので、難しいですね」

ただし、本人たちには、あえて厳しい言葉を使うこともある。
「がんだったからって特別扱いはされないよ」「あなただけじゃないよ」――。
そうした言葉を言えるのは、「第三者でありながら、第三者ではない」という距離感、多くの小児がん経験者と日々接し、病気のことをよく知っているからこそだ。

「『あなたが頑張ってきたのは本当に素晴らしいことだし、私はそれをちゃんと理解している』という信頼感がお互いにあるからこそ、強くも言えるのだと思います。『小児がんだったから』というフィルターを自分で作っても、社会は受け入れてはくれません。社会に対しては『偏見を持たないでください』と言っていますが、子どもたちにはむしろ、『世の中の人たちが偏見を持つのは当たり前かもしれない。あなたたち一人ひとりが自分自身で打開しなければ何にも解決しないよ』と伝えるようにしています。そうやって厳しいことも言ってあげられるのが私たちの役割の一つかなと思うので」

同会は、小児がんの患者や家族が不安を吐き出せる場所であり、病気で子どもを亡くした人が10年、20年経っても変わらず「●●くん・●●ちゃんの親」と呼ばれ、亡くなった子どもが確かに生きていたことを確認できる場所でもある。また、そんな従来からの役割を維持するとともに、治療を終えた小児がん経験者に寄り添いながら背中を押す場でもある。
「小児がんを罹患された患者さんやご家族にとって必要な場は一つではありません。いろいろな形で活用していただける会であり続けたいですね」

樋口さんが、今の仕事を始めて15年。
「0歳で発症した子は15歳になっていますし、10歳くらいで発症して今は結婚して子どもがいる人もいます。どんどん私を追い越して成長していっていますね。子どもたちが成長していく姿を見せてくれることで、私自身、いろいろなことを学ばせてもらっています。やっぱり子どもの力は素晴らしいですよね」

がんの子どもを守る会:http://www.ccaj-found.or.jp/

(2012年6月)