バーチャルリアリティを活用し薬をデザイン

3次元仮想画像で創薬プロセスを加速

Jan 07, 2019

1950年代、科学者は分子機構を可視化するために、ワイヤーと木片を使ってタンパク質の分子模型を製作しました。この分子模型は、タンパク質の働き方や薬剤との相互作用の理解に役立ちました。その後コンピューターグラフィックスに置き換わり、構造の精度が上がり、情報量も増えましたが、分子模型のよさであった立体性は失われました。

その立体性を取り戻すべく、現在、ノバルティスバイオメディカル研究所(NIBR)の研究者は、デジタルで表現された仮想の空間であるバーチャルリアリティ(virtual reality:VR)を活用して、構造の3次元表示に取り組んでいます。そして、NIBRのグローバル創薬化学部門の研究者ヴィクター・ホーナック(Viktor Hornak)は、VRの活用によって研究者同士のコミュニケーションが円滑に進むとともに、生物学的機構を正確に把握できるようになり、分子設計を迅速に向上させ得ると考え、VRツールを用いたドラッグデザインを試みています。

ゲームから科学へ

研究チームは、VRが2016年に市場に登場してすぐ、VRのゲーム機材を購入しましたが、創薬には役に立ちませんでした。「VR機材は単なるハードウエアにすぎず、まだ研究を手助けするソフトウエアはありませんでした」とホーナックは言います。そこでホーナックはノバルティスのIT技術者と協力して、タンパク質の構造情報(分子内の各原子の配列や作動機構)を、3次元の仮想画像へと変換するソフトウエアを開発しました。これにより、研究チームはVRのヘッドセットを使ってタンパク質内に入り、その中を歩き回れるようになりました。「VRでは、タンパク質と薬剤の相互作用の様子などをタンパク質の中に入り込み観察できる。このようなことは平面のコンピューター画面ではできないが、3 次元画像なら自然に再現できます」とホーナックは説明します。ドラッグデザインの初期段階では、低分子薬の候補とタンパク質の相互作用について、化学者と生物学者が意見交換をする機会が多く、分子構造内をVRで歩き回れることの意義は大きいと考えています。専門分野が異なる研究者たちは、同じ用語を使うとは限らず、意思疎通が困難な場合があるからです。

プロトタイプのVRシステムを使えば、研究者たちは一緒に低分子薬の化学構造内を見て歩き回れます。同じものを一緒に見ると、より早く最善の方法を見つけ出し、分子設計を微調整できます。こうして、低分子薬をタンパク質の機構に容易に適合させ、タンパク質の機能を効果的に変化させて疾患の進行を遅らせたり、阻止する分子構造を導き出すことができます。

化学者は何千もの分子から適切な候補化合物を選ぶ必要があり、選択肢の絞り込みが重要です。低分子がタンパク質にどれだけ適合しているか、適合性を向上させるにはどうすべきかといった情報が多いほど、治療上、安全で効果的な選択肢を選べるようになります。NIBRのグローバル創薬化学部門コンピューター創薬グループのエグゼクティブディレクターのホセ・デュカ(José Duca)は「初めてタンパク質の中を歩き回ったときは、驚きました。これまでにない分子観察手段です。このVR技術にはまだ多くの課題がありますが、創薬プロセスの加速に役立つ可能性があります」と語ります。

あらゆる分野を後押しする

ホーナックは、分子構造の可視化ツールの開発者がVRを積極的に用いることを期待しています。VRのハードウエアは新しく、いくつものプラットフォームが覇権争いをしているため、ツールの開発者はまだ多くありません。さらに、もう1つの3次元可視化技術である拡張現実(augmented reality:AR)も登場しました。VRほど夢中になる感覚は得られませんが、ARは隔離された仮想世界ではなく、現実世界に仮想物体が現れることから、より扱いやすいハードウエアです。スマートフォンのアプリのように、VRのアプリケーションが今後多く開発されるようになれば、VRは大きな広がりを持つでしょう。「これは科学に限らず、さまざまな事象の相互作用の理解に活用できる新しい方法です」とホーナックは語ります。

写真:デジタルで表現されたVRの仮想世界に入り込む © SFIO CRACHO, Shutterstock

本文は https://www.novartis.com から翻訳、編集したものです。

Bringing virtual reality to the lab https://www.novartis.com/stories/bringing-virtual-reality-lab