がん経験を通して生きることを伝える『いのちの授業』

20代で乳がんを発病し、命の大切さを実感。その気づきを子どもたちに伝えたい

Dec 11, 2019

病気を通じて実感した命の大切さを伝える授業

「子どもたちには、一生懸命に生ききることの大切さを伝えたいんです」

そう話してくれたのはNPO法人 がんサポートかごしまの理事長の三好綾さんです。三好さんは27歳のときに乳がんになり苦しい闘病生活を送りました。現在は鹿児島県の小学校、中学校、高等学校を中心に『いのちの授業』で、がん教育を通して命の大切さを子どもたちに語り続けています。

ご自身の闘病が一段落ついた頃、通っていた病院の患者会の手伝いを皮切りにボランティア活動を始め、ピンクリボン運動などを経て、鹿児島で種類を問わないすべてのがんを対象としたがん患者と家族の会「がんサポートかごしま」を立ち上げました。さらに2010年に、発起人のひとりである上水流(かみづる)政美さんと一緒に学校を訪ねて、子どもたちにがん経験を通して命の大切さを伝える『いのちの授業』を始めました。残念ながら上水流さんは旅立ちましたが、その後も三好さんと同じ思いを持つ8人の語り手と年間100校を訪問し、現在までにのべ2万人の子どもたちに授業を行っています。

現在、政府が策定したがん対策推進基本計画に基づいて、学校教育の中でのがん教育がスタートする準備が進められています。小学校では2020年度、中学校は2021年度、高校では2022年度から実施される方針です。

そうした動きに先駆けて、三好さんはいち早く自らのがん体験を子どもたちに伝える活動を積極的に行っています。ご自身や仲間たちの闘病経験をもとにして命の大切さを直接子どもたちに語りかけます。ご自身の病気がわかったときの気持ち、まだ死にたくないと思って闘病をしたこと、その経験を通じて精一杯「生ききる」ことの大切さを伝えています。 「出向いた先には、がんを患っている家族がいる子もいます。私と仲間の語り手たちは、独りよがりの話にならないように、子どもたちのために話をしようと気をつけています。ベテランの語り手になっても、その気持ちを忘れないように定期的なフォローアップ研修も欠かせません」

三好さんは子どもたち一人ひとりの顔を確認しながら、子どもが座っている真横に来て、目線を合わせて話を聞きます。最初は初めて会う大人に緊張気味だった子どもたちも、あっという間に引き込まれ、質問や話し合いを交えながら授業が進んでいきます。

自分と周りの人の命の大切さを伝える

授業を行っているのは、小学校高学年から中学校、高等学校に通う生徒たちが中心です。 「やんちゃな子もいますが、授業が始まって話し始めると、子どもたちは前のめりになって聞いてくれます。大人の方に向けた講演会も行っていますが、子どもたちは反応が素直だから話をしていても楽しいし面白いですね」

がんと聞いて、子どもたちが恐怖だけを感じてしまわないように、話の内容には気を使っています。もちろん、がんは恐ろしい病気です。しかし、正しく怖がることが重要だと三好さんは言います。もし、授業を聞いた子どもたちが将来がんになるようなことがあっても、怖がり過ぎず、きちんと向き合うことができるよう丁寧に説明を行っています。そして自分の命だけではなく、周りの人の命も本気で大事に思える人になってほしいという思いを込めて、『いのちの授業』を行っているそうです。 「幸いなことに、まだ患者会で再会をした子はいません。この前、がん患者さんの授業を受けたことがあるという研修医の方とお会いする機会があり、少しずつ、でも確実に活動の輪が広がってきていると実感しました」

授業終了後、日を改めて、必ず子どもたちには三好さん宛てに手紙を書いてもらいます。手紙の内容はさまざまです。授業の感想を寄せてくれる子もいれば、今抱えている悩みを打ち明けてくれる子も。その手紙一通一通に三好さんは返事を書いているそうです。 三好さんが忘れられずにいる手紙があります。それは、ある中学生から届いたそうです。その手紙には『辛いことばかりで、今までの人生は土砂降りの中でした。今日、三好さんが初めて傘を差してくれました』と書いてありました。

「もちろん大人になってからも辛いことはいろいろとあります。でも楽しいこともたくさんあって、自分のことを大好きだといってくれる人たちと出会う日が必ず来ます。今は辛いかもしれないけれど、それまでは生きていてと授業で伝えています。辛くて土砂降りだと書いてくれた生徒さんとは手紙で何回かやりとりをしました。今は連絡をしていませんが、元気に過ごしていてくれればいいなと願っています」

命には限りがあり、だからこそかけがえのない大切なものだと知っている三好さんならではの思いが込められた授業は、これからも続いていきます。

外部講師の養成にも尽力

国を挙げてのがん教育も実現間近となりましたが、現状ではまだ実施をしたことがないという都道府県や地域も多数あります。三好さんは一般社団法人 全国がん患者団体連合会の理事も務めていて、日本全国にがん教育を広げようと活動しています。 「がん教育を全国に広げるためには、まずは外部講師の育成が第一歩だと考えています。現在、病院や企業と協力して、外部講師育成に向けたeラーニングの製作を進めています。今まで私たちが行ってきた『いのちの授業』で培ってきたノウハウも生かしていきたいですね」

「いつか、『いのちの授業』を日本全国の小学6年生の必須授業にしたい」と大きな夢を語ってくれた三好さん。「これからも仲間たちと一緒に、いろいろな夢を叶えるために地道に活動を継続していきます」と話してくれました。