原子力技術の力を医療の力に変える

Advanced Accelerator Applicationsは、疾患を認識して治療することができる医薬品を開発するため、核医学技術と標的薬剤設計との橋渡しに取り組んでいます。

Jun 23, 2023

Maurizio Franco Marianiは挑戦が大好きで、決まり切った仕事を嫌います。そのため、Marianiが10年以上前にイタリア北部のAdvanced Accelerator Applications(AAA)からオファーを受けたときは、すぐに引き受けました。AAAにおける彼の使命は、放射性粒子を用いた新しい治療アプローチを開発すること。

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Maurizio Marianiは、2008年にAAAに入社し、がんの治療と画像診断に使用できる核医学治療薬を開発しました。

Marianiは、薬理学と医薬品開発に力を注ぐ前は医学博士として訓練を受けていました。「私のキャリアの中で、簡単な解決策を選択したことはありません。2008年、当時[AAAの]創設者で最高経営責任者(CEO)を務めたStefano Buonoから核医学治療の開発を持ちかけられたとき、まったく新しい分野であったため、すぐにその機会をつかんだのです」 。

大手製薬会社からAAAに転職したことは、彼のキャリアにおいて最も大胆な行動の一つでした。2002年に設立され、現在はノバルティスの傘下にあるAAAは、当時、従業員が数十人しかいませんでした。しかし、彼らには、放射性核種と呼ばれる高エネルギー放射性粒子を用いた革新的ながん治療法を開発するという明確なビジョンがありました。

当時、少量の放射性粒子を用いたがん治療法を開発していたのは、欧米の少数の専門クリニックのみでした。しかし、このような治療法は、がんに結合する化合物と、高エネルギーの放射性粒子を放出することで腫瘍細胞のDNAを損傷させる放射性薬剤を手作業で組み合わせることによって作られていました。

世界中の患者さんに出荷できる標準化された標準的な核医学を開発することは複雑で、乗り越えることができないように思われました。しかし、Marianiらのチームは難題に立ち向かいました。

新たな医療分野

2002年のAAA設立時には、核医学は十分に確立された医療分野でした。しかし、治療法と診断法の両方において、その可能性は完全には認識されていませんでした。

20世紀初頭、アンリ・ベクレルとマリー・キュリーによる放射性粒子の発見に端を発したこの分野は、1930年代にカリフォルニア大学バークレー校に勤務していた米国の物理学者アーネスト・ローレンスとその弟である医師のジョンの取り組みによって、早くも盛り上がりを見せました。

アーネスト・ローレンスは、放射性同位体(放射性核種)を人工的に生成する粒子加速器の建設に成功しました。その弟は、このような分子を医療に応用した最初の研究者でした。ジョンは、サイクロトロンという装置を使って産生した様々な放射性粒子を白血病やその他のがんを治療に使用しまいた。

核医学の父と呼ばれるジョン・ローレンスの研究は、雪崩のように広がりをみせました。物理学者たちはサイクロトロンを使って新しい放射性粒子を発見し、医師たちがこれらの放射性核種を様々な疾患領域に応用できるようにしました。

特に診断の分野では、高エネルギー粒子により、医師が非侵襲的な方法で体内のがんを容易に特定することができるため、開発が急速に進みました。

この画像診断検査の一環として、患者さんは体内に痕跡を残す非常に少量の放射性物質を投与されます。この物質は、2000年代に入ってから普及した陽電子放出断層撮影(PET)や単光子放出コンピューター断層撮影(SPECT)などのイメージングツールで測定することができます。

核医学画像診断

このような背景から、AAAはPETやSPECT画像検査用の放射性薬剤の生産を、そのほとんどが自前で製造する設備を持たない病院や医療機関向けに製造するようになったのです。

AAA創設者であるブオノは、欧州原子核研究機構(CERN)で働いた経験があり、その基礎となる物理プロセスへの理解が深く、これらの製品を時間通りに納品することの難しさを認識していました。

課題は、放射線イメージング剤の生産だけではありませんでした。それらが含有する放射性分子の半減期は数時間から数日であり、また、これらの粒子を含有する製品は、その活性を維持するために時間内に送達する必要があるため、流通にもプレッシャーがかかります。

AAAはその任務をやってのけました。そのような放射性核種を含む画像診断用製品の製造に成功し、欧州の幅広い病院にリーチするための流通網を構築したのです。

長い道のり

この成功に勇気づけられたAAAは、さらに大きな目標を掲げ、放射性核種を用いた標的治療を開発し、世界中の病院に輸送することができないか、と考えていました。しかし、その課題は計り知れないものでした。

「AAAは資金が限られた小規模企業でした」 とMarianiは述べています。「標準化された核医学治療の開発・生産という目標を達成するには、できるだけ効果的で迅速な方法を模索し、多くの力仕事をこなす必要があったのです」

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AAAの研究開発チーム(左から右):Donato Barbato、Daniela Chicco、Clementina Brambati、Lorenza Fugazza、Valeria Muzio、Elena Bisone

最初のハードルは、治療薬になりうる分子で、患者さんに配布できるほど十分長い半減期を持つ適切な分子を見つけることでした。このような分子を探すのには数年を要しましたが、Marianiとそのチームは、数日間の半減期を有する放射性核種と結合可能な低分子ペプチドを発見し、腫瘍の治療における有効性を示しました。

しかし、AAAのチームが臨床試験を開始する前に、AAAは、病院に出荷し、できるだけ早く患者さんに届けることのできる、すぐに使える商業グレードの製品を開発する必要がありました。

核化学者からなる小さなチームが、がん結合分子と放射性核種を結合させるシームレスな製造プロセスを構築する一方で、別のグループは、製造から2〜3日以内に病院に治療薬を輸送するグローバルな流通ネットワークの確立に取り組みました。

 
 

 

臨床試験

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保護コートと顔の保護具を装着するFrancesco Cipolla

これは苦難の道のりの一部に過ぎませんでした。「チームにとってもうひとつの重要なステップは、完全な前臨床パッケージを構築し、過去の使用に基づいて利用可能なすべての臨床データを収集し、正式な無作為化第III相ヒト試験の実施に備えることでした」 とMarianiは述べています。「膨大な情報とデータがあるため、これにはかなりの時間を要しました」

規制当局を説得するため、Daniela Chicco、Jack Erion及びPaola Santoroを含むMarianiとそのチームは、既存の患者データを精査し、治験実施計画書及び確かな規制戦略を確立するのに数ヵ月間を費やしました。この大規模なタスクについては、過去に用手的に作成した治療法に携わっていた他の腫瘍専門医や核医学専門医からも支援を受けました。

2年間の懸命な努力の後、2012年の夏までに、AAAは欧州で最初の試験患者を登録し、その後すぐに米国でも試験を開始しました。

アクセスの改善

臨床試験を開始し、これまでこのような治療を受けるために長距離を移動しなければならなかった患者さんにリーチできるようになるまでにAAAが乗り越えなければならなかった多数の障壁は疲れ果てるものでした。しかし、Marianiをはじめとする科学者たちがこの標的核医学療法の高い可能性を確信していたため、AAAは貫き通しました。

核医学の大きな利点のひとつは、疾患の治療と画像診断を密接に結びつけることができることである、とMarianiは述べています。「私たちにとって、核医学の素晴らしさと強みは、画像診断と治療の両方を組み合わせた、真の意味での精密なアプローチを展開できることです」。

同一または類似のがん結合分子は、疾患の評価だけでなく、患者さんの治療にも使用することができます。核粒子だけを変更すればよいのです。「この方略により、がんを見つけ出し、異なる放射性薬剤を用いて同一または類似の標的分子を使ってがんを治療することができます」

「私たちにとって、核医学の素晴らしさと強みは、画像診断と治療の両方を組み合わせた、真の意味での精密なアプローチを展開できることです」。

このようなアプローチの利点を考慮すると、核医学は今後も拡大を続けることが期待されます。「核医学の大きな可能性を活かしながら、このアプローチによって医療の現場を変えていきたいと考えています」 とMarianiは述べています。

2018年にAAAはノバルティスによって買収され、現在は複数の固形腫瘍を含む他の腫瘍疾患に対する新しい標的治療の研究を行っています。

2019年11月8日時点の情報です。